ピュアな11歳の無垢で残酷な遊び
懺悔したいことがある。
小学5年生の頃。
クラスメイトの男の子を飼っていた。
ペットとして。
子供は時にわけのわからない遊びを生み出すものである。
当時、私のクラスでは所謂『パートナーシップ制度』のような、女の子達がそれぞれ一人の男の子を犬として飼う、という変態じみた遊びが流行っていた。
きっかけはクラスの女子みずきちゃんが、何でも手伝ってくれる優しい木下君を「可愛い可愛い」と言って可愛がり始め、気を良くした木下君がその内みずきちゃんに撫でられるたびに「ワン」と鳴き始めたのが始まりだ。
いや、一見違和感なく始まったように見えるが、明らかに木下君の性癖が引き金になっている。幼さとは時に残酷だ。
そんな木下君の特殊な性癖に、幼い私達は違和感を抱くことなく、「ペットみたいだね!」と楽しくなり、いつの間にかみずきちゃんは木下君を「シロ」と呼び始めた。
みずきちゃんが「シロ」と呼ぶと、四つん這いになった木下君がすぐさま駆けつけ、「ワン!」と鳴く。
完全に常軌を逸している光景だが、当時はほのぼのとしたワンシーンでしかなく、と同時に、完全に犬と飼い主の主従関係が成立した瞬間であった。
みずきちゃんと木下君の主従関係は瞬く間にクラス中に広まった。
小学生なんてのは席替えで隣の席になっただけでその子を好きになる生き物だ。
そんな年頃の女の子が、自分に従順に尽くしてくれるただ一人の男の子という存在をうらやましがらないわけがないし、男の子は男の子で四つん這いになり「ワン」と鳴くだけで女の子に可愛い可愛いと撫でてもらえるのだ。
本来ならプライドが邪魔をするが所詮は小学生、目先の欲望のためならプライドもクソもない。
ようするに男女共に利害が一致していたので、この遊びは爆発的に流行った。
私自身も当時、水野君という男の子をペットにしていたが、別にペットにしているから付き合っているとか好き同士というわけでもないから複雑だ。
水野君は”ゆきこちゃん”という、沢口靖子似の女の子に片想いしていたし、私は私で違うクラスに両想いの男の子がいた。
ようするに私達は、表では互いに想いを寄せる相手が別にいながら、裏では犬と飼い主という爛れた関係だったのである。
11歳の男女達の相関図は汚れ切っていた。
そんな水野君は、6年生に上がる前に転校が決まった。
小学生にとっての転校は今生の別れのようなものだ。
着実に近付く別れの日を前に、寂しさと切なさから私は水野君を避けるようになった。
複雑な気持ちに揺れる二人。
間違いなくあの瞬間あの教室はラブワゴンだったのだ。
水野君は、最後に
「離れても、僕はななちゃんだけの犬だよ」
という言葉を残し、他学区へ転校してしまった。
タイタニックより感動するラストだ。
その後の私はクラスメイトからまるで未亡人のような扱いを受け、「傷付いてるから励ましてあげよ…?」という優しさに気遣われながら5年生を過ごすのだが、6年生になる頃にはその黒歴史とも言えるペット遊びは、初めからなかったかのように皆の記憶から消えていった。
頭がぶっとんでいたとしか思えない。
水野君は、新しい土地で変態扱いされなかっただろうか。
あの爛れた関係をきれいさっぱりと忘れ、まともな性癖に軌道修正できたのだろうか。
大人になった今も、それだけが気がかりだ。
ちなみに私はそれ以降、好きなタイプが犬みたいに尽くしてくれる人になってしまったので、性癖は簡単には軌道修正できない。